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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)213号 判決 1996年12月04日

東京都千代田区猿楽町1丁目5番18号

原告

三井・デュポンフロロケミカル株式会社

代表者代表取締役

ロバート・ピー・ロジャース・ジュニア

訴訟代理人弁護士

藤本博光

鈴木正勇

同弁理士

青麻昌二

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

小林正己

安達和子

花岡明子

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成6年審判第13863号事件について、平成7年6月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年4月25日に出願した特願昭58-71511号を原出願とする分割出願として、昭和63年1月8日、名称を「熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭63-1267号)。

同出願は、平成3年10月16日に出願公告された(特公平3-66149号)が、特許異議の申立てがあり、特許庁は、平成6年1月13日、特許異議申立ては理由があるとの決定とともに、本件特許出願に拒絶査定をした。

原告は、同年8月17日、これに対する不服の審判の請求をし、同年9月12日に手続補正書を提出して、出願公告された本願明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明を補正した(以下、「本件補正」という。)。

特許庁は、同請求を平成6年審判第13863号事件として審理したうえ、平成7年6月20日、「平成6年9月12日付けの手続補正を却下する。」との決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月9日、原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲の記載

(1)  公告明細書の特許請求の範囲の記載

「1 予めプライマー処理した円柱状物品にフィラーを0乃至30容量%含む熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブが60℃から該樹脂の融点未満の温度範囲で収縮固定され、さらに該樹脂の融点以上の温度で加熱融着されてなる熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品。

2 予めフッ素樹脂を含むプライマーにより表面処理された円柱状物品にフィラーを0乃至30容量%含む熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブが60℃から該樹脂の融点未満の温度範囲で収縮固定され、さらに該樹脂の融点以上の温度で加熱融着されてなる特許請求の範囲第1項記載の熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品。

3  予めフッ素樹脂を含むプライマーにより表面処理された円柱状物品にフィラーを0乃至30容量%含む比溶融粘度が5×104~1×106ポイズのフッ素化されたエチレン性不飽和化合物とテトラフルオロエチレンとのコポリマーよりなる熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブが60℃から該樹脂の融点未満の温度範囲で収縮固定され、さらに該樹脂の融点以上の温度で加熱融着されてなる特許請求の範囲第1項記載の熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品。」

(2) 本件補正に係る特許請求の範囲の記載

「1 予めフッ素樹脂を含むプライマーにより表面処理された円柱状物品にフィラーを0乃至30容量%含む比溶融粘度が5×104~1×106ポイズの熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブが60℃から該樹脂の融点未満の温度範囲で収縮固定され、さらに該樹脂の融点以上の温度で加熱融着されてなる熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品。

2 予めフッ素樹脂を含むプライマーにより表面処理された円柱状物品にフィラーを0乃至30容量%含む比溶融粘度が5×104~1×106ポイズのフッ素化されたエチレン性不飽和化合物とテトラフルオロエチレンとのコポリマーよりなる熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブが60℃から該樹脂の融点未満の温度範囲で収縮固定され、さらに該樹脂の融点以上の温度で加熱融着されてなる熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品。」

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件補正を却下した平成7年6月20日付けの決定(以下、「本件補正却下決定」という。)を前提にして、本願発明の要旨を、公告明細書の特許請求の範囲第1項記載のとおりと認定したうえ、特願昭58-71511号の分割出願にかかる本願発明は、原出願の特許請求の範囲に記載された発明と実質的に同一であるから、本願は不適法な分割出願であり、その出願日は現実の出願日、すなわち、昭和63年1月8日であり、そうすると、本願発明は、その出願前公知の原出願の公開公報(特開昭59-198118号公報)に記載された発明と同一であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

1  取消事由1(本願発明の要旨の誤認)

審決は、本件補正却下決定(甲第2号証)を前提に本願発明の要旨を認定しているが、以下に述べるとおり、本件補正却下決定は誤りであるから、これを前提とする本願発明の要旨の認定も誤りであり、この要旨認定の誤りが、発明の同一性についての審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は違法として取り消されるべきである。

本件補正却下決定は、本件補正の内容が、公告明細書の特許請求の範囲記載の1個の独立請求項(特許請求の範囲第1項)を2個の独立請求項(本件補正に係る特許請求の範囲第1、第2項)へと補正しようとするものであり、このような特許請求の範囲の項数を増加させる補正は、特許法(昭和62年法律第27号による改正前のもの。以下同じ。)17条の3第1項ただし書各号に規定する「特許請求の範囲の減縮」、「誤記の訂正」、「明りょうでない記載の釈明」のいずれにも該当しないから、同法159条1項において準用する同法54条1項の規定により却下すべきものであるとしている。

しかし、例えば、特許庁の「物質特許制度及び多項制の運用基準(昭50年10月)」の第二部「多項制に関する運用基準」(以下単に「運用基準」という。)では、「Ⅵ多項制における訂正の審判」に関して、

「3.必須要件項に従属する二以上の実施態様項が並列的な関係にある場合において、無効原因を有する必須要件項を訂正の審判において削除することについての取扱い

(1)  (略)

(2)  残る並列的な関係にある実施態様項から把握される技術的思想が、特許出願の際、二以上の発明を構成するものである場合は、これら実施態様項を独立形式に訂正することにより二以上の必須要件項に整理することを認める。」

と定められているように、出願公告後に拒絶査定を受けた場合の明細書及び図面の補正においても、特許請求の範囲の項数の増加が常に許されないものではない。

そして、本件補正に係る特許請求の範囲第1、第2項は、公告明細書における特許請求の範囲第1~第3項を減縮したものであり、同法17条の3ただし書1号の「特許請求の範囲の減縮」にすぎず、特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

また、公告明細書の特許請求の範囲において2つの実施態様項(従属項)として記載されていたものが、本件補正に係る特許請求の範囲では、2つの必須要件項(独立項)として記載されているが、要は、訂正が特許請求の範囲を拡張又は変更することになるかどうかであって、必須要件項と実施態様項との差異は形式的なものであり、発明の実質的内容には何らの違いもなく、特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

なお、仮に、本件補正が、第1項と第2項を必須要件項と実施態様項とに区分して記載すべきところを誤って2つの必須要件項としてしまったものであったとしても、特許庁の審判官においては、本件補正が過誤により必須要件項を2つにしているのではないかと容易に認識しうる状況にあるから、当該審判官が、出願人(原告)に、本件補正の訂正の機会を与えることに何らの困難もなかったはずである。しかるに、当該審判官は、何らその機会を与えないまま補正を却下してしまったものである。

以上のように、本件補正は、出願公告後に拒絶査定を受けた場合の明細書及び図面の補正を規制している同法17条の3の規定に反するものではないから、補正が認められるべきであり、本件補正を却下した決定は誤りである。

2  取消事由2(同一性の判断の誤り)

仮に、本件補正が認められないとしても、本願発明は、以下に述べるとおり、原出願とは同一といえず、本件分割出願は適法である。

本件補正前の本願発明の要旨は、公告明細書の特許請求の範囲第1項記載の「予めプライマー処理した円柱状物品にフィラーを0乃至30容量%含む熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブが60℃から該樹脂の融点未満の温度範囲で収縮固定され、さらに該樹脂の融点以上の温度で加熱融着されてなる熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品。」である。

これに対し、原出願の発明の要旨は、「熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするための表面処理を施した円柱状物品にフィラーを0乃至30容量%含む熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブを60℃から該樹脂の融点未満の温度範囲で収縮固定し、さらに該樹脂の融点以上の温度に加熱融着されてなる熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品の製造法。」(甲第4号証)である。

両者を対比すると、原出願発明では、円柱状物品の表面処理について、「熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするための表面処理を施した」と記載されているのに対し、本件補正前の本願発明では、「予めプライマー処理した」と記載されている。

確かに、「熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするための表面処理」には、フッ素樹脂を含む「プライマー処理」も含まれる。しかし、「プライマー処理」を円柱状物品に施すことによって、「収縮固定」段階や「加熱融着」段階において、しわが生じるが、これに対処するために、「予めプライマー処理」して表面を滑らかにしておくことによって、既に円柱状物品に密着している部分が横方向ヘスムーズに移動でき、しわが生じた部分がならされて円柱状物品に密着させることができるという効果が生じるのであり、プライマー処理は、熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするための表面処理による効果を超えた効果を生じるものである。

しかも、熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするための表面処理には、複数のものがあり、例えばサンドブラスト処理のように表面を粗くする表面処理もあるのであり、プライマー処理が自明なこととはいえない。

このように、円柱状物品のプライマー処理自体は、原出願発明を前提にするものではあるが、原出願発明の単なる実施態様の1つではなく、独立した発明であり、本願発明と原出願発明とは同一発明ではない。

したがって、本件特許分割出願が適法であり、本願の出願日は、原出願がなされた昭和58年4月25日となるのであり、審決が、本願発明について原出願の公開公報を公知文献として同一性の判断をしたことは、明らかな誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

本件補正は、特許法17条の3に規定する補正内容の制限を受けるものであるが、同法17条の3第2項で準用する同法126条2項の規定によれば、当該補正が特許請求の範囲を拡張又は変更するものであってはならないことはもちろんであるが、それ以前の問題として、当該補正は、同法17条の3第1項ただし書に規定する、<1>特許請求の範囲の減縮、<2>誤記の訂正、<3>明りょうでない記載の釈明、のいずれかに該当するものでなければならないところ、本件補正却下決定は、本件補正が上記<1>~<3>のいずれにも該当しないと判断したものである。

また、「運用基準」に原告主張のとおりの記載があることは認めるが、公告明細書の特許請求の範囲における必須要件項(第1項)と2つの実施態様項(第2、第3項)との関係は、前者に対し後者の2つが並列的な関係にあるものとはいえない。

すなわち、必須要件項たる特許請求の範囲第1項中の「予めプライマー処理した円柱状物品」と「熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブ」を、各々「予めフッ素樹脂を含むプライマーにより表面処理された円柱状物品」と「熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブ」(特許請求の範囲第1項と同じ)とした第1の実施態様項たる特許請求の範囲第2項、「予めフッ素樹脂を含むプライマーにより表面処理された円柱状物品」(特許請求の範囲第2項と同じ)と「比溶融粘度が5×104~1×10ポイズのフッ素化されたエチレン性不飽和化合物とテトラフルオロエチレンのコポリマーよりなる熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブ」とした第2の実施態様項たる特許請求の範囲第3項と、上記必須要件項たる特許請求の範囲第1項とを対比してみると、上記特許請求の範囲第2項の構成と第3項の構成との間の技術的関係は、前者が後者を完全に包含する上位概念である点で、必須要件項(第1項)に対し、これら2つの実施態様項(第2項及び第3項)は何ら並列的な関係にはない。

したがって、運用基準に照らしてみても、本件補正は、「特許請求の範囲の項数を増加させる補正」に該当するから、これを不適法であるとした本件補正却下決定の判断に誤りはない。

2  取消事由2について

原出願明細書(甲第4号証)には、「円柱状物品の表面はフッ素樹脂との融着を強固なものにするための処理、例えば、プライマー処理、アミノシラン処理、ブラスト処理などを行なう。・・・これらの中でもプライマー処理、一例を挙げるとフッ素樹脂を含むプライマー処理が好ましい。」(同号証5頁16行~6頁3行)として、問題の「熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするための表面処理」の具体的態様として「プライマー処理」が第一番目に、かつ好ましいものとして挙げられ、実際にそうしたフッ素樹脂プライマー処理が全実施例で採用されている。

このように、原出願に係る発明の「熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするための表面処理」が分割出願に係る発明の「プライマー処理」を含んでいることは明らかであるから、仮に原告主張のとおり、分割出願に係る発明の「プライマー処理」が、原出願に係る発明における「熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするための表面処理」により奏される、熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするという以上の何らかの効果を奏するとしても、特許出願の分割に際し当然なすべき原出願に係る発明と分割出願に係る発明との間の整理、区分けを通じ、原出願に係る発明から「プライマー処理」が除かれない以上、両者は、少なくとも「プライマー処理」に係る点で同一発明といわざるをえない。

したがって、審判の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(本願発明の要旨の誤認)について

(1)  本願公告明細書における特許請求の範囲及び本件補正に係る特許請求の範囲の各記載が前示のとおりであることは、当事者間に争いがない。

本願に適用される昭和62年法律第27号による改正前の特許法においては、「特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。ただし、その発明の実施態様を併せて記載することは妨げない。」(同法36条5項)と規定されており、これに照らせば、本願公告明細書における特許請求の範囲第1項が、上記規定本文のいわゆる必須要件項に当たり、特許請求の範囲第2、第3項が上記規定ただし書のいわゆる実施態様項に当たることが明らかである。

一方、本件補正に係る特許請求の範囲は、その第1、第2項とも、必須要件項の形式で記載されており、これをみる限り、本件補正は、公告明細書における1つの必須要件項と2つの実施態様項からなる特許請求の範囲を2つの必須要件項からなる特許請求の範囲に補正したものと認められる。

本件補正は、出願公告後に拒絶をすべき査定を受けた特許出願人がした補正であるから、同法17条の3第1項ただし書の規定するとおり、その査定の理由に示す事項について、「特許請求の範囲の減縮」「誤記の訂正」、「明りょうでない記載の釈明」を目的とするものに限り補正をすることができるものであるところ、上記のように必須要件項を新たに加える補正は、原則として、上記補正の要件のいずれにも適合しないものであることは、明らかである。

(2)  もっとも、必須要件項を新たに加える補正であっても、補正前の特許請求の範囲が必須要件項とこれに従属する複数の並列的関係にある実施態様項からなっていた場合に、補正により必須要件項を削除しようとするとき、残る並列的関係にある実施態様項から把握される技術的思想が、特許出願の際、複数の発明を構成するものであると認められる場合には、これらの実施態様項を独立形式に補正することにより、複数の必須要件項に整理することは、補正前の特許請求の範囲に記載されていた技術的事項を拡張、変更するものものではないというべきであるから、例外的に補正を認めることは許されると解される(特許庁「物質特許制度及び多項制の運用基準(昭50年10月)」の第二部「多項制に関する運用基準」、第1の「Ⅵ 多項制における訂正の審判」の項参照)。

しかし、本件補正が、この場合にも当たらないことは、明らかである。

すなわち、本件補正に係る特許請求の範囲第1項は、公告明細書における必須要件項である特許請求の範囲第1項の実施態様項として記載されていた同第2項の「予めフッ素樹脂を含むプライマーにより表面処理された円柱状物品にフィラーを0乃至30容量%含む熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブが60℃から該樹脂の融点未満の温度範囲で収縮固定され、さらに該樹脂の融点以上の温度で加熱融着されてなる特許請求の範囲第1項記載の熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品」における「フィラーを0乃至30容量%含む熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブ」につき、これに「比溶融粘度が5×104~1×106ポイズの」との限定を加え、かつ、「特許請求の範囲第1項記載の」との文言を削除したものであることが明らかであり、また、本件補正に係る特許請求の範囲第2項は、公告明細書における特許請求の範囲第3項から、「特許請求の範囲第1項記載の」との文言を削除したものと同一であるとともに、本件補正に係る特許請求の範囲第1項の「フィラーを0乃至30容量%含む比溶融粘度が5×104~1×106ポイズの熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブ」につき、これに、「フッ素化されたエチレン性不飽和化合物とテトラフルオロエチレンとのコポリマーよりなる」との限定を加えたものにほかならないことが認められ、そうである以上、本件補正に係る特許請求の範囲第1、第2項の発明は、いずれも補正前の必須要件項記載の発明の実施態様に該当したものであり、かつ、本件補正に係る特許請求の範囲第2項の発明は、同第1項の発明の実施態様にすぎないものと認められる。

この事実によれば、本件補正は、補正前には1つの発明の実施態様であったものを2つの発明として必須要件項に記載したものであるから、前示の例外的に必須要件項を加えることが許される「補正により必須要件項を削除しようとするとき、残る並列的関係にある実施態様項から把握される技術的思想が、特許出願の際、二以上の発明を構成するものであると認められる場合」に該当せず、補正の要件を満たすものということができない。

(3)  原告は、本件補正を実質的にみれば、特許請求の範囲を拡張、変更するものではないことは明らかである旨主張するが、出願に係る発明が1つのものであるか2つ以上のものであるかを判断し、これに適応した形式において特許請求の範囲の記載をすることは、出願人の責任においてなすべき事柄であり、本件補正に係る特許請求の範囲の記載が補正の要件を満たさないものである以上、本件補正が不適法として却下されることは、やむをえないことといわなければならない。

この点について、原告は、本件補正に係る特許請求の範囲第2項の記載は、過誤により「特許請求の範囲第1項記載の」との実施態様項であることを示す記載を落としたものであり、その過誤については、特許庁の審判官が容易に知りうるのに、原告にこれを訂正する機会を与えずに補正を却下したことを非難する。

しかし、本件補正に先立つ昭和63年6月8日付けの「手続補正指令書」(乙第2号証)には、補正を要する箇所として、適正な願書を挙げ、「『3.請求項の数 3』の項目及びその数を削除したもの」とし、「遡及適用を受ける本出願(分割出願)は、改正された特許法は適用されないので、若し特許法第38条ただし書きによる出願とする場合は願書にその条文及び項目3を正確に記載されたい。」と、さらに注記していることが認められ、これによれば、本願出願人である原告又はその出願代理人は、本願については昭和62年法律第27号による改正前の特許法が適用され、その特許請求の範囲の記載は同法36条の規定に適合したものでなければならないことは十分に理解できたものと認められるから、本件補正に係る特許請求の範囲の記載が仮に原告又はその出願代理人の過誤に出たものであるとしても、その過誤については自らその責めを負うべきであり、これを他に転嫁することは許されない。

なお、本件補正につき、2発明を前提とした未納手数料の納付すべき平成6年10月18日付けの「手続補正指令書」(乙第6号証)が発せられているとしても、これは、出願人において発明の数を2つとする補正をした事実それ自体から生じた未納手数料の納付をいうものであって、補正の適否によって左右される事項ではない。

したがって、本件補正却下決定に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(同一性判断の誤りについて)

「プライマー処理」が「熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするための表面処理」に含まれることは、原告も認めるところであり、この点は当事者間に争いがない。

また、原出願明細書(甲第4号証)には、「円柱状物品の表面はフッ素樹脂との融着を強固なものにするための処理、例えば、プライマー処理、アミノシラン処理、ブラスト処理などを行なう。・・・これらの中でもプライマー処理、一例を挙げるとフッ素樹脂を含むプライマー処理が好ましい。」(同号証5頁16行~6頁3行)と記載されているように、「熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするための表面処理」の具体的態様として「プライマー処理」が第一番目に挙げられ、フッ素樹脂を含むプライマー処理が好ましいプライマー処理として全実施例で採用されている(同12頁1行~13頁7行)ことが認められる。

そうすると、仮に原告主張のとおり、本件補正前の本願発明における「プライマー処理」が、原出願発明における「熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするための表面処理」により奏される、熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするという以上の何らかの効果を奏するとしても、特許出願の分割に際し、後者から「プライマー処理」が除かれない以上、両者は少なくとも「プライマー処理」に係る点で実質的に同一の発明といわざるをえない。

したがって、審決の判断に誤りはない。

取消事由2も理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

平成6年審判第13863号

審決

東京都千代田区猿楽町1丁目5番18号

請求人 三井・デュポンフロロケミカル 株式会社

東京都中央区日本橋人形町一丁目5番13号 STRビル 青麻特許事務所

代理人弁理士 青麻昌二

昭和63年特許願第1267号「熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品」拒絶査定に対する審判事件(平成3年10月16日出願公告、特公平3-66149)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和58年4月25日に出願した特願昭58-71511号の一部を昭和63年1月8日に新たな特許出願としたものであって、その発明の要旨は、出願公告された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「予めプライマー処理した円柱状物品にフィラーを0乃至30容量%含む熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブが60℃から該樹脂の融点未満の温度範囲で収縮固定され、さらに該樹脂の融点以上の温度で加熱融着されてなる熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品。」

なお、本願明細書については、平成6年9月12日付で手続補正がなされたが、当該補正は本件審決と同日(平成7年6月20日)付で却下されたので、本願発明の要旨は上記のとおりに認定した。

これに対して、原審における特許異議申立人・ダイキン工業株式会社は、「拒絶査定の確定した前記特願昭58-71511号(以下、「原出願」という)の分割出願に係る本願に係る発明(以下、「前者」という)は、その確定した原出願の明細書(甲第1号証として提出された、昭和63年1月8日付提出の「手続補正書(自発)」に添付された明細書)の特許請求の範囲に記載された発明(以下、「後者」という)と実質的に同一であるから、本願は不適法な分割出願に帰し、その出願日は現実の出願日、すなわち昭和63年1月8日であり、そうすると、本願発明は、原出願の公開公報に相当する特開昭59-198118号公報(甲第2号証)に記載された発明と同一発明であるから、特許法第29条第1項第3号の発明に該当し特許を受けることができない」と主張する。

そこで検討すると、前記のとおり、前者が

「予めプライマー処理した円柱状物品にフィラーを0乃至30容量%含む熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブが60℃から該樹脂の融点未満の温度範囲で収縮固定され、さらに該樹脂の融点以上の温度で加熱融着されてなる熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品。」

を要旨とする一方、後者は

「熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするための表面処理を施した円柱状物品にフィラーを0乃至30容量%含む熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブを60℃から該樹脂の融点未満の温度範囲で収縮固定し、さらに該樹脂の融点以上の温度に加熱して融着することよりなる熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品の製造法。」(甲第1号証2頁の特許請求の範囲参照)

を要旨とする点で、両者は発明のカテゴリーが相違し、両発明の間にはカテゴリーの相違に基づく構成部分の差異があるが、これらの差異により両発明の目的、効果間に格別の差異が生ぜず、これらの差異は、製法限定付き「物」(前者)か、当該製法をそのまま経時的に記載して「物の製造法(後者)としたかの表現上の差異にすぎず、従って、カテゴリーの相違には技術的な意味はなく、また、これ以外に構成の差異は存在しないから、前者と後者とは実質的に同一発明と言わざるを得ない。

なお、審判請求人(出願人)は、「後者における前記「熱流動性フッ素樹脂との融着を強固にするための表面処理を施した」という部分の「表面処理」として、後者には元来、前者で構成要件とした「プライマー処理」以外の処理も含まれていたところ、前者は、これら複数の処理の中から最も好ましい結果が得られる、「予めプラィマー処理した円柱状物品に……」について「物」の発明として分割出願したものであり、これを原出願と「実質的に同一」ということはできない」旨主張する。

しかしながら、拒絶査定の確定した原出願明細書(甲第1号証)の記載から明らかなとおり、「プライマー処理」を構成要件とする前者(本願発明)に対し、後者(分割後の原出願)にあっても、前記「表面処理」の具体例として「プライマー処理」を施す態様は依然としてそのまま残されている(例えば実施例1、2参照)以上、少なくとも両者は、共に「プライマー処理」に係る点で実質的に同一であるから、請求人の前記主張は採用できない。

そうすると、不適法な分割出願に係る本願については特許法第44条第2項に規定する出願日の遡及は認められず、その出願日は、現実に出願の分割がなされた日、すなわち昭和63年1月8日となる。

以上の事実を前提に、本願発明と、その出願前公知の甲第2号証刊行物(原出願の公開公報そのものに相当する、特開昭59-198118号公報)記載の発明とを対比すると、甲第2号証には、「予めプライマー処理した円柱状物品にフィラーを0乃至30容量%含む熱流動性フッ素樹脂製熱収縮性チューブが60℃から該樹脂の融点未満の温度範囲で収縮固定され、さらに該樹脂の融点以上の温度で加熱融着されてなる熱流動性フッ素樹脂被覆円柱状物品。」がそのまま記載されている(特に実施例1、2等参照)から、結局、本願発明は甲第2号証記載のものと同一と認められ、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年6月20日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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